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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7664号 判決 1976年5月27日

原告

菅原克生

被告

コパルコーオン株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自、原告に対し金四八五万一、八四〇円及び内金四四一万一、八四〇円に対する昭和四八年一〇月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求は、棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告らは、連帯して原告に対し、金二、一一五万三〇九円及び内金一、九九三万三、三四六円に対する昭和四八年一〇月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

原告は、昭和四七年九月一一日午後三時五〇分頃、東京都足立区千住五丁目四〇番地先路上(以下「本件事故現場」という。)において、自転車に乗り、友人二人とともに、千住四丁目方面から本件事故現場に至り、千住五丁目方面に向かい、道路を横断中、折柄、国道四号線(通称・日光街道)方面から旧日光街道方面に向けて進行してきた被告会田一雄(以下「被告会田」という。)運転の普通貨物自動車(足立四四な五八六八号。以下「被告車」という。)に接触されて転倒し、傷害を受けた。

二  傷害の部位、程度等

原告は、本件事故により、顔面擦過挫傷、右耳介挫創、左下腿骨骨幹部骨折、腹部打撲、脾臓破裂、腹腔内出血シヨツク等の傷害を負い、昭和四七年九月一一日から同年一二月一日まで八二日間井口整形外科病院に入院し、その間脾臓剔除手術を受け、昭和四八年二月一四日から同年四月一一日まで同病院に通院し、昭和四七年一二月四日から同月一六日まで一三日間日本医科大学附属病院小児科に入院し、その後、一か月間、二、三日おきに同病院に通院し、昭和四七年一二月四日から昭和四八年一月二五日まで(診療実日数一〇日)関本歯科医院に通院したが、脾臓喪失、上腹部正中切開手術痕、左大腿骨軽度屈曲位変形、左足約五ミリメートル短縮、左足麻痺の後遺症を遺し、現在なお、脾臓剔除による白血球の生成機能、老廃赤血球の破壊等の機能低下等のため、通常人と同程度の運動はできず、体の抵抗力が低下し、疲れ易く、顔色が悪く、また、上記左足の後遺症により歩行時は跛行する状態である。

三  責任原因

1  被告コパルコーオン株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定により、原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

2  被告会田は、被告会社の従業員であり、被告車を運転して、時速六〇キロメートル以上の速度で進行し、本件事故現場にさしかかつた際、本件事故現場付近において被告車進行道路は大きく左側にカーブし、しかも、千住四丁目方面から千住五丁目方面に通ずる道路と交差していたため、路面に「徐行」と大書され、かつ、本件交差点手前に停止線があるにもかかわらず、助手席の同乗者と話をしながら脇見運転をし、前方注視義務を怠つたため、本件事故現場付近を前記のとおり自転車で横断中の原告に気付かず、漫然と進行した過失により、本件事故を惹き起こしたものであり、民法第七〇九条の規定により原告の被つた後記損害を賠償する責任がある。

四  損害

原告は、本件事故により、次のとおりの損害を被つた。

1  得べかりし利益の喪失による損害 金一、七九三万三、三四六円

原告は、高校卒業の昭和五七年四月一日から少なくとも満六五歳に達する昭和一〇四年九月六日までは稼働可能であり、その間、毎年、別紙記載のとおり労働行政研究所編昭和五〇年度「モデル条件別昇給・配分(学歴・年齢・勤続・男女)」による従業員四九九人以下の全企業新制高等学校卒業男子事務技術職の所定労働時間内の昭和四九年度の毎月平均基本賃金の一四か月分相当の収入をあげえたものであり、これにつき、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を除控して本件事故時現在の価額を算出すると別紙のとおり金三、九八五万一、八八二円となるところ、原告は前記後遺症のため、少なくとも四五パーセントを下らない労働能力を喪失したものであるから、右得べかりし利益金三、九八五万一、八八二円のうち金一、七九三万三、三四六円を本件事故により失つたものである。

2  慰藉料 金二〇〇万円

原告は、前記受傷、入・通院、後遺症等により甚大な精神的、肉体的苦痛を受けたものであり、これに対する慰藉料は金二〇〇万円が相当である。

3  弁護士料 金一二二万一、九六三円

原告法定代理人は、昭和四八年四月三〇日、本件事故について、被告らとの交渉及び本件訴訟の提起を原告代理人に委任するを余儀なくされ、着手金として金二〇万円、謝金として本訴請求額の八パーセントを支払う旨約したので、被告らに対し弁護士料として金一二二万一、九六三円を請求する。

五  よつて、原告は、被告らに対し、以上損害額合計金二、一一五万五、三〇九円のうち金二、一一五万三〇九円及び右金額から弁護士料のうち金一二一万六、九六三円を除いた金一、九九三万三、三四六円に対する不法行為の日の後で、本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年一〇月六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告らの主張に対する答弁

1  被告らの過失相殺の主張中、原告に過失があつたとの事実は、否認する。

2  原告が被告らからその主張の額の弁済及び自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)の保険金を受領したことは認める。

第三被告らの答弁等

被告ら訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求原因一項の事実のうち、原告主張の日時及び場所において、原告運転の自転車と原告主張の方向に進行していた被告会田運転に係る被告車とが接触し、原告が転倒し、その結果、原告が傷害を受けたことは認めるが、原告の自転車の進行方向は否認する。

二  同二項の事実のうち、原告が本件事故により原告主張の傷害を受けたこと、及び本件事故による傷害のため脾臓を喪失したことは認めるが、その余は争う。

三  同三項1の事実は認める。同項2の事実のうち、被告会田が被告会社の従業員であり、本件事故が被告会田が被告車を運転中に発生したことは認めるが、その余は争う。

四  同四項は、争う。

脾臓は肺や腎のように生体の維持に不可欠な臓器ではなく、外傷等のため摘出しても、さしたる影響なしに生命は保たれるものであり、脾臓を摘出してもその機能を肝臓等が果たすようになり、通常労働能力の喪失をきたすものではなく、特に本件のように摘脾当時満八歳の場合には、稼働開始時である一八歳以後の生活にはほとんど影響がないといつても過言ではない。現に、原告は、その後の診断によつて後遺障害の認められないことからも明らかである。また、年少者の後遺障害に基づく逸失利益については、一般的には、将来、その障害の部位、程度に応じて、当該障害による支障の少ない職業を選択するとともに、このような将来の見通しに向かつて早期から自己を訓練することにより、その障害による影響をできるだけ少なくするであろうことは、経験則上明らかであるから、労働能力の喪失割合及び期間についても、右のことを十分配慮し、控え目に算定すべきである。

五  過失相殺

仮に、被告らに、本件事故による原告の損害を賠償すべき責任があるとしても、原告にも次のような過失があるから、損害賠償額の算定に当たつては、これを斟酌し、過失相殺されるべきである。すなわち、本件事故当時、被告会田は、被告車を運転して原告主張の方向に時速約三五キロメートルで進行中、約七〇メートル前方に、被告車に対向して自転車に乗つて進行してくる原告を認め、その動静に注意していたところ、原告が自転車に乗つたまま道路を斜めに右折、横断し始めたので、警音器を鳴らしたところ、原告が、自己の進路中央線内側で自転車に乗つたまま片足を地面につけて自転車を停止させたので、被告会田において、そのまま進行しても原告がそのまま止まつているものと信じて進行したところ、原告が突然斜めに前進を始めたので、被告会田は、急制動をかけ、ハンドルを右に切つたが、原告の自転車を避けることができず、被告車の前部バンパー左端と原告の自転車とが接触したものであり、したがつて、本件事故につき原告にも斜め横断、一旦停止後の飛出しの過失があつたものである。

六  弁済

被告会社は、本件事故につき原告に対し、治療費金七六万九、五八六円、付添看護費金二二万三、八八〇円、入院雑費その他の原告の本訴請求外の損害につき金一四万円を支払い、このほか原告は、責任保険から後遺症による損害のてん補として金一六八万円を受領した。

第四証拠関係〔略〕

理由

(事故の発生)

一  原告主張の日時及び場所において、国道四号線(日光街道)方面から旧日光街道方面に向けて進行していた被告会田運転の被告車と原告運転の子供用自転車が接触し、原告の自転車が転倒し、原告が傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

(責任原因)

二 よつて、まず、被告会社及び被告会田の責任の有無につき判断することとする。

1  被告会社が、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところであるから、被告会社は、自賠法第三条の規定により本件事故により原告が被つた損害を賠償する義務あるものというべきである。

2  次に、被告会田の責任について、審究する。

(一)  成立に争いない甲第七号証及び乙第一号証並びに証人平林松枝、同佐藤豊の各証言並びに弁論の全趣旨により昭和四八年九月二〇日頃撮影に係る本件事故現場付近の写真であると認められる(なお、本件事故現場付近の写真であることは、当事者間に争いがない。)甲第四号証の一ないし八を総合すると、本件事故現場は、国道四号線(通称・日光街道)方面から旧日光街道方面に向かい左にカーブした片側一車線、中央に車道中央線がひかれ、車道幅員約九メートル、その両側に歩道が設けられている道路(以下「甲道路」という。)に、千住三、四丁目方面からほぼ直角に甲道路に交差する幅員約三・七メートル(甲道路との交差口は角切りがなされているため幅員約七・一メートルとなつている。)の道路(以下「乙道路」という。)と荒川土手方面から甲道路と乙道路との交差部分よりやや旧日光街道寄りに幾分ずれてほぼ直角に甲道路に交差する幅員約五・二メートル(甲道路との交差口は角切りがなされているため幅員約九・九メートルとなつている。)の道路(以下「丙道路」という。)とが、十字路に近い形で交差している変形交差点であり、甲道路、乙道路及び丙道路はいずれも舗装されていること、甲道路は最高速度毎時四〇キロメートルと指定され、甲道路上の右交差点の日光街道寄り及び旧日光街道寄り手前には停止線がひかれ、日光街道寄り停止線の外側部分に「徐行」と路面に標示され、甲道路の車道と歩道との境目にはガードレールが設置されていること、甲道路は、前記のとおりカーブしているため、本件事故現場付近における見通しは前方約七〇メートルであること、及び本件事故現場付近は人家、ビル等が密集している市街地であるが、本件事故当時、交通が閑散であつたことが認められ、以上の認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  前掲甲第四号証の一ないし八、乙第一号証、証人平林松枝の証言により成立の認められる甲第五号証の一、二及び証人平林松枝、同佐藤豊、同小池和江の各証言並びに原告法定代理人菅原将人尋問の結果、原告及び被告会田各本人尋問の結果(甲第五号証の一及び乙第一号証の記載部分の一部並びに証人小池和江の証言及び被告会田の供述中後記措信しない部分を除く。)を総合すると、被告会田は、原告主張の日時頃、被告車を運転して甲道路上の日光街道方面から旧日光街道方面に向かう車線の中央線寄りの部分を時速約四〇キロメートルで進行し前記変形交差点近くに差しかかつたところ、折柄、原告、佐藤豊及び岩崎裕司がそれぞれ自転車に乗つて、千住三、四丁目方向から千住五丁目方向の荒川土手に遊びにいくため、乙道路から甲道路上の変形交差点を横断して丙道路に出るべく、まず、岩崎が乙道路から甲道路の変形交差点を斜めに自転車に乗つたまま横断しはじめ、次いで佐藤豊が、その後を原告が同じく自転車に乗つて同方向へ横断するのを被告会田はその約三〇メートル手前で認め、危険を感じながらも、なお事故を回避しうるものと軽信し、速度を落さないで進行したところ、岩崎及び佐藤は横断し終わつたが、原告が自転車に乗つたまま対向車線中央付近で片足をついて停止しようとしているのを約一四・五メートル前方に認めたので、原告がそのまま停止するものと判断し、原告の動静を注視せず、そのまま漫然と従前の速度で進行したため、原告の自転車が停止せず、そのまま丙道路に向かい、甲道路中央線付近を進行しているのをその約一〇メートル前方に至つて始めて発見し、右にハンドルを転把するとともに急ブレーキをかけたが間に合わず、丙道路の中央線のほぼ延長線上、甲道路中央線から約一メートル丙道路寄りの部分で、被告車前部バンパー左端付近を原告の自転車に衝突せしめ、被告車は更に約三・三メートル進行して停止し、原告及び原告の自転車を約六・四メートルはね飛ばして転倒させたことを認めることができ、前掲甲第五号証の一及び乙第一号証の記載の一部並びに証人小池和江の証言及び被告会田本人尋問の結果中、叙上認定に反する部分(原告ほか岩崎及び佐藤の自転車が被告車と対向して進行し斜めに甲道路を横断したとの点及びその進行順序)は前段認定に供した各証拠に照らし、直ちに信用することができず、また、被告会田の供述のうち、岩崎の自転車が被告車の前方を横切る時、被告会田が警笛を吹鳴したとする部分も、前掲乙第一号証及び証人佐藤豊の証言に対比し、たやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  以上(一)及び(二)の認定事実に徴すると、被告会田は、被告車の進行する甲道路の前方を横断した子供用自転車を認めた時点において危険を感じながら、続いて甲道路を横断するやも知れない原告を認めたのであるから、減速除行するとともに、原告が乗つている自転車の動静を注視して運転すべき義務があつたにもかかわらず、減速することなく、毎時四〇キロメートルの速度で、原告の自転車の動静を注視することなく、原告自転車が対向車線中央付近で停止するものと判断して漫然と進行した結果、甲道路を横断し丙道路に向かい進行してくる原告の自転車の発見が遅れた過失により、本件事故を惹き起こしたものであるというべきであり、したがつて被告会田は民法第七〇九条の規定により本件事故により原告の被つた損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

(過失相殺)

三 被告らは、本件事故の発生については原告の過失も寄与しており、原告の損害につき過失相殺されるべきである旨主張するので、この点につき判断するに、前項認定の事実によると、原告は、本件甲道路を横断するに当たり、左右の安全を確認したうえで横断すべきであつたにかかわらず、これをしなかつたか、又は被告車が接近しつつあるのにその距離の判断を誤つて横断した結果、本件事故に遭つたものというべきであつて、原告にも本件事故の発生につき過失があつたものといわざるをえず、前項認定の諸事情を斟酌すると、過失相殺として原告の損害額(弁護士費用を除き、本訴請求外の損害を含む。)からその三割を減額するのが相当である。

(原告の傷害、治療経過等)

四 原告が本件事故により顔面擦過挫傷、右耳介挫創、左下腿骨骨幹部骨折、腹部打撲、脾臓破裂、腹腔内出血シヨツク等の傷害を負つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一ないし三及び第六号証並びに証人平林松枝の証言、原告法定代理人菅原将人の尋問及び原告本人尋問の各結果によると、原告は、右受傷により、昭和四七年九月一一日から同年一二月一日まで(八三日間)井口整形外科病院において入院治療し、その間に脾臓剔除の手術を受け、その後、脾臓摘出後の検査のため、同年一二月四日から同月一六日まで日本医科大学附属病院小児科に入院し、その後一か月間、二、三日毎に同病院に通院したほか、本件事故による歯冠破折の治療のため、昭和四七年一二月四日から昭和四八年一月二五日までの間に一〇日間、関本歯科医院に通院治療したが、脾臓喪失、上腹部正中切開手術痕、左大腿骨軽度屈曲位変形及び左下肢五ミリメートル短縮の後遺症を遺すに至つたこと(脾臓喪失については当事者間に争いがない。)、しかして、昭和四七年一二月まで入院治療等のため学校を欠席し、昭和四八年夏頃からようやく体操ができるようになり、昭和五〇年一〇月九日現在、体操のうち球技は制限されているが、その他の体操や学校行事への参加はほぼ他の者と同様になしうるようになつたものの、事故前に比べると、疲れ易く、また、風邪をひき易くなつている健康状態にあることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(損害)

五 よつて、以下原告が本件事故により被つた損害の額につき審究する。

1  得べかりし利益の喪失による損害 金六六八万八、四〇〇円

(一)  前掲甲第三号証の二によると、原告は、昭和四七年一二月四日から昭和四八年一月中頃まで日本医科大学附属病院小児科に入、通院(昭和四七年一二月四日から同月一六日まで入院。その後は二、三日毎に通院一か月)して、脾臓摘出後の検査を行つたが、その検査結果では後遺症は存しないと診断されたことが認められ、また、前記認定のとおり昭和五〇年一〇月九日現在、ほぼ通常人と同様学校の行事等に参加していること、更に、原本の存在及びその成立に争いない乙第二号証の一ないし三、第三号証の一、二及び第四号証の一ないし三によると、脾臓は、生命の維持に不可欠の臓器ではなく、これを摘出しても他の臓器がその機能を代行し、特別大きな障害は起こらず、生命を保ちうることを認めうるところ、他方、右乙号各証を総合すると、脾臓には、(1)血液を貯蔵し、生体の微妙な変化に応じ循環血液量の調節を行う機能、(2)胎生期において造血機能を営み、その後その機能は停止するが、成人後においても骨髄機能不全等が生じた場合にこの機能を復活し、造血する機能、(3)老廃赤血球を破壊し、これにより遊離した鉄を骨髄に送り再利用できるようにし、あるいは鉄を貯蔵する機能、(4)骨髄機能の調節機能、(5)病原体を喰食し、病原体に対する抗体を産生する機能等があること及び脾臓の機能については、今日なお不明の点が多く、摘脾後、血液中に種々の変化が起こることが認められ、叙上各事実に原告が現在、事故前に比し疲れ易く、風邪をひきやすくなつていること等の前記認定の事情を総合すると、原告の脾臓の喪失がその将来の学業、就労等にかなりの影響を及ぼすであろうことはこれを推認するに難くないところであり、現在、一応通常の生活をしているからといつて直ちに労働能力の喪失がないものと断ずることはできない。しかして、叙上認定、説示の諸事情に労働基準法に定める災害補償において、脾臓を失つた場合は障害等級第八級とされ(労働基準法施行規則第四〇条の規定による別表第二参照)、その労働能力の喪失率が四五パーセントとして取り扱われていること(労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号参照)を参考にし総合勘案すると、原告は、本件事故により、その就労可能全期間にわたり少なくともその労働能力の三〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

(二)  成立に争いない甲第一号証及び証人平林松枝の証言によると、原告は、昭和三九年九月六日生まれの本件事故当時八歳の男子で、小学校二年生であつたことが認められるから、これによると、原告は、高校卒業後の昭和五八年四月一日から昭和一〇六年一〇月六日まで、当裁判所に顕著な労働大臣官房統計情報部編昭和四九年「賃金構造基本統計調査報告」第一巻第一表により認めうる産業計、企業規模計、旧中・新高卒男子労働者の平均賃金である年収金一九五万三、〇〇〇円の収入を控え目にみてもあげえたものと推認しうるところ、以上を基礎とし、原告の得べかりし利益の喪失額を算定し、ライプニツツ式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、昭和四八年一〇月六日現在(本件事故時を基準とすべきであるが、差は意とする程ではないし、計算上の便宜等もあり、逸失利益に対する遅延損害金の請求の日とする。)の現価を算出すると、金六六八万八、四〇〇円となる。

2  慰藉料 金二五〇万円

前記認定の原告の受傷の部位、治療経過、後遺症の内容、原告が本件事故のため、長期にわたり学校を欠席し、学業、体操等を十分にすることができなかつたこと等の事実にかんがみると、原告が本件事故により多大の精神的苦痛を被つたことは明らかであり、その他本件に顕われた一切の事実を斟酌すると、原告の精神的苦痛(原告の過失は斟酌しない。)に対する慰藉料は金二五〇万円と認めるのが相当である。

3  過失相殺及び弁済

以上によると、原告は合計金九一八万八、四〇〇円の損害を被つたものであるが、原告が本訴請求に係る損害のほか治療費金七六万九、五八六円、付添看護費金二二万三、八八〇円、入院雑費その他金一四万円、合計金一一三万三、四六六円の損害を被つたことは当事者間に争いがなく、前記説示のとおり原告には過失があり、過失相殺として本訴請求に係る損害及び本訴請求外の叙上損害の合計額(金一、〇三二万一、八六六円)から三割を減額するを相当とするから、右合計額からこれを減額すると金七二二万五、三〇六円となるところ、被告会社が原告に対し、本件事故による原告の損害の弁済として金一一三万三、四六六円を支払つたこと及び原告が責任保険金金一六八万円を受領したことは当事者間に争いがないので、これを控除すると、結局、原告が本件事故による損害として被告らに請求しうる金員は、金四四一万一、八四〇円となる。

4  弁護士費用 金四四万円

原告法定代理人菅原将人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告法定代理人菅原将人、同菅原美智子は、被告らが任意支払に応じないため、やむなく、弁護士柏原晃一(本訴原告訴訟代理人)に、本件事故による原告の損害の賠償につき、被告らと交渉すること及び訴訟を提起し、追行することを委任したことが認められるところ、本件事案の内容、審理の経過及び認容額に照らすと、本件事故による損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用は、金四四万円と認めるのが相当である。

(むすび)

六 以上の次第であるから、原告の被告らに対する請求は、金四八五万一、八四〇円及びうち弁護士費用を除く金四四一万一、八四〇円に対する本件事故の日の後で被告らに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一〇月六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条第一項ただし書の規定を、仮執行の宣言について同法一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 玉城征駟郎 伊藤保信)

別紙 逸失利益計算表

<省略>

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